東海道五十三次“濱松・冬枯ノ図”のほうき再現プロジェクト

第二話 浜松でほうき草作り?

[ ブログ ]  2015/05/15

歌川広重が東海道五十三次を描いたのは1833年、江戸時代の天保4年と言われています。わずか30数年後には明治維新を迎えることになるわけですが、江戸時代の、しかもここ浜松のほうきを再現する・・聞いただけでもなかなか面白そうです。

前回、可能性がある箒を特定したものの根本的な問題が残っています。それは国産の箒を作らなければならないこと。江戸時代と言えば、そう鎖国です。わずかに海外との貿易が行われていたとはいえ、まさかその合間を縫って、箒が輸入されていたとは到底考えられません。
シュロや竹は今の日本でも自生しているものがたくさんありますので、これはクリア。問題はホウキモロコシです。意外に知られていないのですが、ホウキモロコシは栽培されています。

「2006年特産農作物の生産実績報告 工芸作物の作付面積及び生産量 繊維料作物 - ほうきもろこし『2009年2月12日公表 統計表一覧 - 政府統計の総合窓口 GL71050103より』」によれば、これだけでした。

 

繊維料作物 - ほうきもろこし

 

ほとんど流通していないことが窺えます。手編み箒を作れる職人さんの数が激減して、そんなに必要とされていないこと、また、今なお箒を作っている職人さんは自分でホウキモロコシを栽培しているか、もしくは必要数だけを特定の農家に依頼していることが背景にありそうです。従って、万一ホウキモロコシを栽培している農家さんを見つけ出したとしても、そのホウキモロコシを分けてもらえる可能性は極めて低いと思われます。
かくいう弊社も40年以上前に日本での栽培から撤退し、現在はほぼ100%、タイでホウキモロコシを栽培しています。

 

「やばいですね。まさかこんなに衰退しているとは・・」
「だね。万事休すか。あとは広重が描いた箒がホウキモロコシでないことを祈るだけだね。」
「でも、ホウキモロコシだったらどうするんですか?『作れませんでした、チャンチャン』だと、きっと大ブーイングですよ。まさか、タイで作っているホウキモロコシを持ってくるとか姑息なことを考えていませんよね。」
「まさかな。そんなことを考えるわけがないだろ。(ちょっと引きつり気味)」
「昔はここ浜松でもホウキモロコシを栽培していたんですよね。」
「50年ぐらい前は栽培していたみたいだね。その後、熊本で栽培して、台湾、インドネシアを経てタイで生産するようになったみたいだけど。」
「じゃ、まだ、ひょっとしたら、浜松でも栽培している方がいらっしゃるかもしれませんよね。」
「うーん、どうだろう。流通ベースではないけど、自家用にホウキモロコシを作っているという話は確かに聞いたことがあるけど。」
「じゃ捜査してきます。」
「捜査・・・・・?」
「昔、栽培していた付近を中心に聞き込みに行ってきます。」
「聞き込みって・・。」
「それに言うじゃないですか。『事件は会議室で起きてるんじゃない。 現場で起きてるんだ』って。」
「・・・・・・」
「・・・まぁ、冷静に。」

 

こうして、まずは以前栽培していた浜松市庄内地区、神久呂地区、 伊佐見地区、 和地地区を「聞き込み」することに。当然の結果かもしれませんが、勢いよく出て行った割には、あえなく撃沈した二人でした。50年という歳月はほとんどの記憶をふっ飛ばすようで、ホウキモロコシを作っていたことすら知らない方がほとんどでした。

(一人だけ、シルバーカーを押すおばあちゃんがホウキモロコシを作っていたことを憶えていたのですが、おばあちゃん曰く、「今はないね。そうだね、ほうき草のことだったらアズマ工業さんに聞いてみるといいよ」とのこと。そう言ってもらえるだけで光栄です。ありがとうございます。)

 

浜松市西区和地町は、湖に面した町。浜名湖の穏やかな風景が広がっている。

浜松市西区和地町は、湖に面した町。浜名湖の穏やかな風景が広がっている。

 

ほうき草を育てていた畑の一部は、「遊休耕作地」に。

ほうき草を育てていた畑の一部は、「遊休耕作地」に。

 

今は、ほうき草は栽培せず、菊・ガーベラ・いちごなどの農産物をビニールハウスで育てています。

今は、ほうき草は栽培せず、菊・ガーベラ・いちごなどの農産物をビニールハウスで育てています。

今は、ほうき草は栽培せず、菊・ガーベラ・いちごなどの農産物を
ビニールハウスで育てています。


ただ、一つだけ収穫がありました。ほうき草栽培について知らない皆さんからは、口をそろえたようにJAさんに聞いてみればとのアドバイス。盲点でした。JAさんの中には「営農指導課」という部署があり、この地域のかなりの情報を持っているとのことで、Kの勢いもちょっとだけ功を奏した感じです。早速、「とぴあ浜松農業協同組合 営農生産部 営農指導課」へ電話することに。

 

「今回、ご紹介をいただきましたKと申します。箒に使われるほうき草について、詳しい方にお話を聞きたいのですが・・・」
*ホウキモロコシと言うよりも、「箒に使われるほうき草」という方が、話が早いということが先の「捜査」にて分かりました。
職員 「・・・・・・・」
職員 「ほうきって何のほうきですか?」
「お掃除に使われている箒です。」
職員 「あーーーーーーーー」
お互い 「・・・・・・・・・・」

 

一歩進んで二歩下がる。・・・・タラララ、タッタ、タラララ、タッタ。

その後、企画の趣旨を説明し、先方からは、「ほうき草を栽培しているか否か、念のために確認してみます」ということで電話を切りました。完全に望み薄の状態だったのですが、この電話から思わぬ展開に事が進みます。東海道五十三次・・・、我々は今回やっと出発地点の日本橋に到着したようですが、続きは次回に。