東海道五十三次“濱松・冬枯ノ図”のほうき再現プロジェクト

第三話 JAさんとのほうき草作りが実現するかも

[ ブログ ]  2015/05/29

歌川広重が東海道五十三次を描いたのは1833年、江戸時代の天保4年と言われています。わずか30数年後には明治維新を迎えることになるわけですが、江戸時代の、しかもここ浜松のほうきを再現する・・聞いただけでもなかなか面白そうです。
前回、今なお浜松でホウキモロコシが作られているかどうかを「とぴあ浜松農業協同組合 営農生産部 営農指導課」に問い合わせたところまでご紹介しましたが、後日、同課の係長牧野様よりお電話をいただきました。
 
牧野様 「いろいろ調べてみましたが、やはり今の浜松ではほうき草(ホウキモロコシ)を栽培していないようですね。」
「やっぱりそうですか?申し訳ございません。お手間を取らせてしまいまして・・」
牧野様 「ただ、今回のお話を同じ課の吉田にしたところ、青年部で進めている遊休地の活性化プロジェクトでほうき草を作ったら面白いかもしれないという話が出まして、一度吉田と一緒にお話の詳細をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「えっ?」
「も、もちろんです。ありがとうございます。」
 
全く思いがけない展開に目が点になったのは言うまでもありません。半分あきらめかけたところにまさかの有り難いお申し出。2015年2月25日、とぴあ浜松農業協同組合(JA)で牧野様、吉田様とお会いすることに。
 
「いい天気になりましたね。2月なのにすごく暖かいですね。」
「そうだね。もう春って感じだね。その分花粉もきついけど・・・。」
「・・ちょっと気合いが足りないんじゃないですか?私は突撃モードですよ。」
「・・・花粉症と気合いは関係ないと思うけど・・・」
「もうダメかと思ったところに、まさかの“ほうき草を作ろう”でしょ。“渡りに船”・・・いやいや・・・“棚からぼたもち”いやいや・・・こういうのを何というんですかね?なんだか興奮しちゃって。」
「・・・・九死に一生を得る・・かな?・・・・・」
「まぁそれはそれとして・・、ガゼンやる気が出てきました。今回は実況インタビュー形式で私がブログをまとめてもいいですか。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ぐんぐんヒートアップしていきますよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・インフルエンザ?」
 
「ということで、JAさんとのやり取りをKがお伝えしてまいります。乞うご期待!」
 
【タイトル】頼もー!!!JAさんに行ってきました(勝手にタイトルを変えてしまいました)。

皆さんこんにちは!Kです。本日の浜松は快晴。
2月のはずなのに暖かく、一気に春気分です。

今日は「JAとぴあ浜松」に弊社のYと私、Kでお邪魔しました!
 
JAとぴあ浜松様
 
JAさんの協力が得られればどんなに心強いことか・・・。
気合い十分!ちょっと緊張しながらの初会議です!

ほうき草やアズマ工業の説明をするために、この座敷ほうきを持って「いざ、出陣!」
 
座敷ほうき
今回お話を聞いてくださったのは、JAの牧野公一様と吉田貴光様です。
 
JAの牧野公一さんと吉田貴光さん
まずは自己紹介から。Yが流れるようにアズマ工業を説明していきます。
マスクは花粉症対策。よっぽど重症のようです。顔出しNGというわけではありませんよ(笑)。
 
アズマ工業を説明するY
それを隣で見つつ、私は必死に取材メモを取りながら、JAさんの様子を窺います・・・。
ゴクリ・・・。
 
牧野様 「JAの取り組みの一つとして耕作放棄地を再開拓し、景観を良くしたり、不法投棄を失くす活動を行っています。前回は小学生と一緒にさつまいもを作りまし た。アズマさんのお話を聞いてふと思いついたのがこの耕作放棄地の再生の件です。作物だけでなく、生活に根付いた商品をつくるための開拓も面白いのではな いかと思っています。」
吉田様

「この遊休地の活性化プロジェクトを主導している『青年部』メンバーの方に話をしたところ、1人がこんなほうきをわざわざ持ってきてくれたんですよ。」

 

JAさんが持ってきて下さった小さなほうき

吉田様 「せっかくだから収穫したほうき草を子供たちと一緒にほうきにしていくとか、ほうきの使い方をアズマさんから子供たちに教える、というようなワークショップもできると面白そうですね。」
(こ、これはいい手応え!!!)
牧野様 「ただ、私たちも各センターに問い合わせてみましたが、育てている人がいないため、栽培方法がつかめません。野菜の垣根や風よけとして育てていたという情報は得ているので、難しい農作物ではないと思うのですが…。」
 
その後も興味津々でいろいろ質問をしてくださり、どんどんヒートアップ! もう私Kはオーバーヒート気味です。
JAさんが持ってきて下さった小さなほうきは実は「シュロ(棕櫚)」という素材だということ、また、東海道五十三次の苦労話などを次々と話します。
 
吉田様 「わかりました。今の話を青年部の皆さんへ報告してみます。青年部の方々も前向きに考えていただいているようですので、多分受け入れてもらえると思いますが・・・」
K (お、おお・・・!!)
吉田様 「ところで、畑はどのくらい必要でしょうか・・・?」
「30メートル×30メートル位で考えているのですが・・・?」
吉田様 「約一反ですか・・・」
アズマ 「・・・ゴクリ」
吉田様 「問題ありません!(ニッコリ)一反なら大丈夫ですよ!」
アズマ 「ホッ・・・!」
 
企業が畑を借りる場合は、大きな単位で借りることが多く、土地が用意できないのではないかと心配されていたようです。その後も話は盛り上がり、JAさんも今年で「20周年」という節目の年だということが分かりました。新しい取り組みを始めるのにぴったりな企画と捉えていただけたようです!
 
そしてなんと、次回の青年部の皆さんの集まりで、このプロジェクトの話やほうき草の栽培方法などを話す場を設けて下さいました。そこで、正式にほうき草を栽培するか否かが決定するそうです!!
 
「青年部」の皆さんとの会合は、3月12日。この日までに、できるだけほうき草の栽培方法を入手して、何とかほうき草が栽培いただけるように下ごしらえしてきますよ!!!
 
以上、Kがお伝えしました。
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 
いずれにせよ、3月12日までにしなければならないことをおさらいすると、栽培方法の更なる調査、そして一番肝心なのは、ほうき草の種を入手すること。ほうき草を作ることに協力いただけたとしても、肝心の種がなければどうしようもありません。まだまだ長い道のりが続きますが続きは次回に。